2007年10月14日日曜日

おとなのりくつ.

まぁ,大人の理屈ってやつぁ
不合理なもんでさぁ.

国会議員が自分の給料減らせないのと一緒で
自分の権利は必死で守るのが権力を持つ人の大人の理屈でさぁ.

うちの研究科でもそんなことがありました.

3年生と博士大学院生,そして,先生のコンビで
研究を演習する授業.

今年から,3年生と大学院生がペアを組むことに(=責任の明確化)
大学院生は,定期的に(最低でも週1回)担当学生とミーティングを持ち指導する
ということだそうです.

3年生は研究法を大学院生の手を借りてやる.
大学院生は指導法の練習をする.

で,ペアを組むことで互いの接触頻度を増やし
教育効果を促進

一見よいシステムにみえますが...
僕にいわせれば,先生が楽したいだけのシステム.

前は,先生に責任あったわけですよ.
最終的に.それが大学院生にまる投げになった形.

しかも,3年生の指導に関しては
いつ,どこで,どのように指導したかの指導内容報告が義務付けられている.
(指導の押し付け)

加えて,3年生が集めた資料を全部よみ,かつ,
自分でもそれ以外の関連資料を収集し,読み込め
(”それがあなたの研究の幅を広げる”と
一見もっともらしいことをのたまっているが
本気でそんなことやったら,時間がいくらあってもたりない)

”そんなの無理にきまっている”(←おもわず口にだしそうになった...)

第一,昨年度までの先生ですらやってなかったことをだ.

そんなの本気でやっていたら自分の研究の時間がなくなってしまう.

うちの研究科,気でもふれたか?


まあ,3年生の研究の質を高めるという意味ではよいだろう.
じゃあ,もう一方の『大学院生の指導力向上』はどうか?
先生から,指導法に関する”指導”があるかといえば,・・・

もちろん,ない

こういったものは,双方向的に改善しなきゃいかんとおもう.
せめて,院生側も”なんらかの指導らしきもの”を受ける権利があるとおもう.

一方的に仕事量をふやされて
『それ,君たちの指導力を高めるためだから』とかいわれて
納得できるものではない.

そもそも,指導法を体系的に教わった記憶はないし
そんなことをちゃんと教えれる先生がいるかどうかは疑問である.
いうなれば,”大変だけど,試行錯誤しながら指導もし,指導法も自己責任
学習してくれや”といっているようなものである.

そして,先生の負担は一気に軽減される.

その一方で,早く学位をとれだの,研究業績を出せだの
矛盾したことを言いやがる.

一度先生方の高尚な指導法の講義を受けてみたいものである.
(教わっていないものを,教えることは非常に難しい)

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