2007年12月14日金曜日

人間の認識

人間の認識とは、不思議なものだ。

できない、あるいは、できるなどと思いもよらないことが
いったん『できるんだ』と認識されると
ごくごく当たり前のものとなる。

例えば、だれも思いつかなかった方法で
お金がもうかる(ITのGoogleなど)とわかると
あとから追従する人が増える。

最初に考えた人の着眼点はすごいが
追従する人にそれほどの創造性はないだろう。
つまり、できるんだという認識さえできれば、多くのひとは
追従可能なのだ。認識の敷居が低くなるから。

これは、人間の認識の柔軟性を示しているといえる。

しかし、物事は正負両面がある。

負のほうに働くと恐ろしい。

包丁を人を殺す道具に使うことができると気づいてしまう。
親を殺せると気づいてしまう。
無関係な人を無差別に殺せると気づいてしまう。

そんな契機を与える報道とは、そういった側面で恐ろしい。

認識・現象の連鎖の構造は
情報のネットワーク拡大によって生じるのかなとおもったり。

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